なりたい仕事のことを知る ナリカタ

  • ナリカタコラム
患者さんの回復の知らせや感謝の言葉を聞いたときの喜びはひとしおです

古庄 徹さん救急救命士(有明広域行政事務組合亜荒尾消防署(熊本県荒尾市) 勤務)

  • インタビュー内容・勤務先等は取材当時の情報となります

挑戦しないでダメより挑戦してダメだった方がいいと23歳で入学

高校時代は陸上競技に打ち込み、高校卒業後は専門学校に進んでスポーツインストラクターになりました。好きなスポーツ全般を指導できるインストラクターとして充実した日々を過ごしていた3年目、救急救命士を目指すきっかけになった出会いがありました。それは福岡医健専門学校で受けた心肺蘇生法など応急処置講習会。スポーツインストラクターになったのも、人や体に対する興味があり、人の健康に関われるからで、人の命に関わる医療関係の仕事や救急救命士への興味は持ち続けていました。講習会での講師の雰囲気はとても好感が持て、緊急現場での仕事の話や学校の話は興味深いものでした。福岡医健専門学校が救急救命士科を開設する直前ということにも刺激され、漠然としていた救急救命士への道がはっきりと見え、くすぶっていた気持ちに火がつきました。しかし、公務員になるには年齢制限があります。一番悩んだのは年齢のことでした。それでも、挑戦しないでダメだと思うより、挑戦してダメだったという方がいいと、救急救命士を目指して23歳で入学することを決心しました。

現場の状況は千差万別、どんな現場でも気を抜くことはない

福岡医健専門学校を選んだのは、公務員試験が十分だったため。公務員試験と救急救命士の資格試験対策が3年間でまとめてできることが、年齢制限が迫る私にはありがたかったからです。学校の授業では、病院での実習が新鮮だったことや、年齢の差を意識せずにつきあった同級生と放課後に残ってやった実習が思い出です。やる気を見せれば見せるほど返してくれた講師の方々へは感謝でいっぱいですし、3年間は終わってみればあっという間でした。卒業後は、出身地であり、希望していた熊本県内で採用されました。消防学校で半年間、人命救助や消火の訓練を受けたあとに現場に配属になり、初日から出動もしました。救急救命士であり、消防士でもあるので、救急車に乗る場合も消防車に乗る場合もあり、出動先では救急救命士として動く場合も両方の役割を担う場合もあります。また、現場の状況は千差万別で同じ状況は二度とありません。学校では常に最悪の場合を想定した訓練を積んできましたが、荷物を持つ程度しかやるべきことがない、拍子抜けしそうな現場もあります。しかし、気を抜くことはありません。どんな状況変化が起きるかもしれませんし、気のゆるみが事故につながる可能性もありますから。

救急救命士に必要なのは、高いコミュニケーション能力

救急車で患者を搬送するときに応急処置を施すのも、主な仕事です。時間がたって状態が良くなることはまれで、悪くなることがほとんどの切迫した現場。搬送先の病院の医師に患者の状態を的確に知らせ、医師からの指示を正確に実行に移さなければなりません。適切な処置だけでなく、高度なコミュニケーション能力が必要です。病気やけがで大きな苦痛を抱える患者から、体の状態を正確に聞き出すことは難しいので、患者と会話するときには、わかりやすく説明して、話しやすい雰囲気をつくり、安心感を持ってもらえるように心がけています。高齢者と話をするときは、先輩から学んだ方言を使うこともあります。仕事でやりがいを感じるのは、携わった患者さんが回復したとき。特に電話などで回復の知らせや感謝の言葉を聞いたときは、喜びはひとしおです。時には消防署までお礼に来てくださる人もいたり、患者さんが私のことを覚えていて、消防署の外でランニングをしていたときに、感謝の声をかけられたこともありました。

夢は、患者さんが障害などを残さずに元の生活に戻れる社会復帰率を高めること

医学や医療技術、医療機器は日々進歩を続けています。救急救命士が行う応急措置の範囲も拡大していますから、求められることは年々増えています。職場では先輩から日々多くのことを学んでいますし、若手である私が先輩に最新技術を教えることもあります。消防士という仕事は、退職まで学び続けなければならない仕事だと思うんです。患者を搬送したあとの病院では医師と話す機会をできるだけ持つようにしています。そこで医師が救急救命士に求めることを聞いたり、知識を得ています。搬送先の病院から送られてくる搬送患者についての報告書も勉強の材料にしています。また、地元の医療関係者の間で開かれる症例の研究会にも積極的に参加しています。夢は、関わった患者さんが退院後に後遺症などを残さずに元の生活に戻る、社会復帰率を高めること。社会復帰は自分たちだけでも病院だけでもできません。最初の人の対応が大事だと考えています。そのために応急措置法の普及にも力を入れていて、毎月市民を対象とした応急処置講座の講師として指導をしています。